学習発表会などで,子どもの指導にあたってのお話をしましたが,注意すべきは,子どもだけではありません。
自分の子ども中心の保護者にも気を配らなければならない現状です。
保護者からのご意見
学習発表会の配役や合唱のピアノ伴奏について,保護者からの意見をたくさん受けてきました。
低学年の演目で多いのが国語の「くじらぐも」や「スイミー」。
教科書の内容をそのまま演目にすることが多いです。
また,よく知られた昔話を演目にすることもあります。
これが大変。
うちの子は主役じゃないのか,うちの子の台詞が短いとか,よく見えるところにいないとか,本当にびっくりするくらいの「自子中心的保護者」のご意見をいただきます。
高学年になっても,誰が合唱のピアノ伴奏になるのか,台詞の長さや出番,その他大勢の役とは何事かと・・・・本当に「自子中心的保護者」です。
そればかりではありません。
入学式には,両親,その両方のおじいちゃんおばあちゃんまでご来校いただき,一人の子どもに対して6人の大人が来られることもあります。
学習発表会や運動会も一人の子どものギャラリーは6人以上です。
そうなると,場所取りが大変。
入学式の日,8時に体育館(式の時は講堂と呼びますが)を開場する前から並んでおられたり,運動会の前日どころか,3日前から場所取りのシートが敷いてあったりします。
卒業式もたくさんの保護者席を作り,ビデオ撮影席を作り,一人一人の別れの言葉の文字数を数えたりします。
自分の子どものことになったら一生懸命なのはわかりますが,全ての保護者が満足できる状況というのは難しいです。
学習発表会の演目では,場面に分けて同じ主役を6人ぐらい用意したり,発表する学年の保護者が一番前に来るように学年ごとに保護者の観覧を入れかえたりすることもありました。
コロナ禍の時は,抽選券を作って,各家庭おひとり様でと制限することもありました。(大変なブーイング)
小学生の保護者にとって,世界で一番かわいくて世界で一番可能性を秘めていて,世界で一番輝く子どもが我が子だと信じていいます。
そのことはとても大事だと思います。
子どものことに関心を持たないネグレクトの保護者も増えていますが,親ばかなくらい,子どものことを大事にしてくれるのは素敵なことだとは思いますが,「自分の子ども+仲間としてみんな」を見ることができないことが,暴走する「自子中心的保護者」になってしまうのだと思います。
自分の子どもという点でしか見ることができない,友だちとの関係,関わりとしての線をつなげて考えることができれば,もっと素敵な見方ができるのだと思いますが,そうできない保護者が多いのも事実です。
私が一番大きな学校に勤務したのが,全校800人を超える学校でした。
この学校では,1年生160人全員に何かしら台詞があり,主人公は8人存在するという演目でした。
ダンスをすれば,1列ずつ最前列になるようフォーメーションを目まぐるしく変えるほどでした。
私は高学年の担任でしたが,合唱のピアノ伴奏や目立つ楽器はすべてオーディションです。
先生たちだけでなく,子ども達にも聞いてもらいました。
オーディションで決めた子どもの親は,最初喜んでいたのですが,合唱のピアノ伴奏としてタッチが強い子で,指揮者としてピアノの蓋をフルオープンさせなかった私でしたが,「どうしてうちの子どものピアノの音が小さくなるようにするのか」と文句を言われました。(だって合唱がメインですから)
最後に
成績に対してだけでなく,学校行事に関わって,保護者の期待感が時として意見として伝わってくることがあります。
それを避けるためには,子ども達自身の言葉で,みんなとどう関わりながら練習しているかを伝える,みんなと支え合ってこその演目であること,行事であることについて,子どもの言葉で伝える通信を出していました。
それで納得していたかどうかは定かではありませんが,みんなを応援することが,自分の子どもの励みになると伝えたかったです。
それにしても,保護者に対する配慮は必要ですが,翻弄されないように気を付けることも教師にとっては大切です。


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